Try Something New

この世界の秘密を見つけ出すために、どんなことでもやってみて、いろんなことを考えます。

“TRY

Google Adwordsの天才になりたい

f:id:utautan:20180331080114p:plain

 

妊娠7ヶ月目に突入、もうあと1ヶ月半ほどで産前産後休業になるところまでやってきました。現代の壮大な事情により、私が仕事を辞めるという選択肢はありません。東京都内で「そんなに苦労なく」暮らすためには夫婦共働き以外の選択肢はないからです。

私も夫も、仕事・家事・育児・自分の人生を4本柱で両立させていかねばならないのです。あれ、でも4本も立ってたら意外と安定しそう。上に屋根くらい置いて、小屋が作れるかも。

 

私は割とチャキチャキ仕事をして定時にはさっと帰るタイプの人間なので、上司が上手にマネジメントをしてくれればそれなりの仕事量もこなせると自負しているのですが、(実際、最近は週の3〜4割はすることがない)対して上司は「この仕事は安い人件費で簡単な仕事さえ回せればいい」「上昇志向のある人は逆に要らない」「優秀な人を外から安い人件費で雇いたい」と訳の分からない供述をしており、私が「もうちょっと難しい仕事するからその分賃上げしてくれや。」と上昇志向の片鱗を見せると「〇〇士(国家資格系の士業)目指すなら賃上げも可能」などと明後日の星空を望遠鏡で眺め始める始末。

 

簿記3級レベルの理解があればできる仕事に簿記2級の資格を必須といい、実は簿記1級〜税理士級の人材を、月給20万円ほどで雇おうとしている。この人は一体何がしたいのだろうかといぶかしむ日々を過ごしているのです。

しかし思えば、私が入社してからは「うたこさんよくできるから、俺することないや」と言っており、私は私でこの数年ずっと「放置」されてきたわけで、その数年の間に上司が完全にマネジメント能力を失ってしまっていたとしても納得かな、とも思うのです。

 

ということで、平成30年、生誕30周年の記念すべき年なのですが、このまま今の会社で働いていても何にも能力が身につかない。どころか、暇な8時間を持て余すばかりで退屈で退屈で仕方がないのです。

そこで私は、新たな働き方について模索しています。

 

働き方、と一言で言っても世の中には数多の働き方があり、個人個人の性質に合致していなければどんなに良い・かっこいい働き方であっても意味がありません。

私は、働き方は大きく分けて4つだと考えています。

 

  • 組織-華型 (コンサルタント・営業・企画・広報)
  • 組織-サポート型(経理・総務・法務・アシスタント・教育)
  • 個人-華型(コンサルタント・ブロガー・旅人・モデル)
  • 個人-サポート型(ライター・広告運用・内職・デザイナー・エンジニア)

 

私は、この中でいうと完全に「個人-サポート型」です。組織の中にいることに興味がなく、人から評価されることにも興味がありません。それよりは明確な数値の結果が出ることの方が嬉しいし、やりやすい。

身近なフリーランスには「家で仕事ができない」「一人だとやる気が出ない」「誰とも話せないのが寂しい」と、組織は合わないけれど寂しがりやな人が多く大変そうですが、私はできることなら「ずっと家にいたい!」「ひとりぼっちこそ至高!」というタイプです。

 

家でできて、人となるべく関わらない仕事とは……? 

 

FXトレーダー? 投資家? いや、その辺りはあまり才能がないことが分かっています。残されたのは、Google Adwordsや外部リモート秘書などそれなりに専門性を必要とされる在宅業務でした。いいな、Google Adwordsを取り扱いしてお金を稼げたら、割と肌に合っている気がします。

 

 

私は天才ビジネスマンではなく、完全にバカで仕事ができないわけでもありません。能力がとても中途半端なのです。大抵のことは大抵のレベルまではこなせるから、指導は全然できない人に向かい「あなたはまぁまぁできてるからあとは自分でやって」と放置されることが多い。でも、私はこの「まぁまぁできる」から「プロフェッショナル」に行く方法を知らないのです。

このままいくと、一生「まぁまぁできる」だけの人間として終わってしまうということにも、気付いています。

 

「私はこれができます」という人間になる必要性を、誰も教えてくれませんでした。そもそも、それが必要ともされなかったのです。

それよりも求められたのは「コミュニケーション能力があります。よく、人に相談をされていました。年上の人にも、よく好かれます。」「一度始めたことはどれだけ時間がかかってもやり遂げるタイプなので、気づいたら朝になっていることが何度もありました。」と、「何ができるか」というよりは「どれだけ扱いやすいか」を元に判断される資質でした。

 

私は自分自身が扱いにくいタイプの人間であることは、4歳くらいの頃から気づいていました。周りの同い年のやっていることがとても幼稚でちんぷんかんぷんなものに見えて、とても辛かったのを覚えています。付き合いで泥団子も作ったし、キックボードに乗るための列にも並びました。花びらをむしってきて色水を作り、先生に「キレイでしょー?」と見せると子供らしく女の子らしい遊びだと微笑み褒められるのですが、この褒める教育になんの意味があるのか分かりませんでした。色水はすぐに臭く、茶色く変色しました。

全ての遊びの間、私はずっと家に帰りたかったのですが、「小さな子を家で一人にするなんて可哀想」という分からず屋の世間の声が私を家で自由に過ごさせることを阻みました。

 

でも、周囲は「扱いにくいタイプなんだから何か得意技を身につけておいた方がいい。それで食っていけるようになるから。」ではなく「周りに馴染みなさい。仲良くしなさい。」とだけ言い続けました。友達と毎日遊ぶことが求められましたが、私はその当時仲良くしていたらしい人たちのことを一切覚えていません。仲の良い振りをしていただけだから、本当には仲良くなかったのでしょう。もし、私があと一歩頭がよければ、大人たちのアドバイスが大いに間違っていたことにもっと早く気づけたのかもしれません。

 

私は私に、一番楽に稼げる環境を用意したいと考えています。時間で拘束されず、短時間の集中によって最大限の稼ぎが得られるような仕事。家から出ず、人と関わることがなるべく少ない仕事。感情的な人間、平気で人の時間を奪う人間と距離の置ける仕事。

そんな仕事がどこにあるのかはさっぱり分からないし、人間がたくさん暮らすこの社会に人との関わりを最小限に抑えた仕事などあるのかは不明です。早くAI社会になってしまえばいいのにな、と切実に思います。

不確実でミスが多く、日によって能力にムラがあり、仕事相手によっても品質が左右される人間なんて、本当は仕事をさせるに値しないのではないでしょうか。

 

とにかく、今のこのどんづまった状態を打破すべく、私はGoogle Adwordsの天才になりたい。