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良いワーパパになれないのは一体何が悪いんだろう。

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ワーパパ:ワーキングパパ

働いているお父さん、つまり子供がいる男性全般を指す。

 

ワーママ:ワーキングママ

働いているお母さん、つまり子供が生まれても仕事を辞めずに働いている女性を指す。

 

 

ワーキングパパ…って、みんなそうじゃない?

 

 

仕事のできる男性というのは、諸々の能力が高く、考えて行動して、失敗からも成功からも学んでそれをさらに仕事や家庭で活かしていくことができる。

永遠に伸び続けることができるし、それゆえに人生を楽しむこともできる。

 

 

世の中には妻や子供、家のことから逃げていく男性も多い。

 

しかしながらこれは……男性が悪いとか、そういう問題ではなく、単純に個々人の能力によるということなんだと思う。良いワーパパになれないのは、その男性個人の諸々の能力が低いからだ。ここをはっきりさせることから、解決策が導き出せるようになるのだと思う。

 

ワーパパ:ワーキングパパ

働いているお父さん、つまり子供がいる男性全般を指す。

 

ワーママ:ワーキングママ

働いているお母さん、つまり子供が生まれても仕事を辞めずに働いている女性を指す。

 

ワーパパが普通。

 

働いていないお父さんはかなり少数派だ。働いていないお父さんというのは結構重大な問題を抱えていることが多いし、そういう何らかの事情で社会を離脱するのではなく専業主夫として会社を辞める人はまだまだ少ない。

対して、働いていないお母さんはお母さん全体の5割くらいを占める。家事育児に専念する、専業主婦という形態をとっているのである。なお、正社員で働いている女性というのは1割にも満たない。残り4割の働く女性はパートタイムだ。

 

働きたいのに……という希望を完全に無視してみれば、お母さんの方はキャパオーバーする可能性があれば仕事を辞めて専業主婦になるという選択肢がある。でも、お父さんたちにはワーパパになる以外の選択肢はほとんどない。

 

となると、ワーパパにはいろんな能力値の人が混在していて、ワーママにはそもそも「仕事も家事も育児もこなすような見通しが立てられる人」だけが残ることになる。

専業主婦をノーマルな能力値と考えると、ワーママはスーパーウーマンだ。選ばれし1割の人間。一緒にしてはいけない。

 

ワーパパはノーマルな能力値の人もスーパーマンも一緒にされてワーパパだ。今、お父さんは、全員が全員スーパーマンになることを求められている。

お母さんには、スーパーウーマンになる以外にも道があるけど、お父さんにはない。

 

ワーパパとワーママはそもそも違う

 

世のお父さん全員がスーパーマンになれるだろうか? いや、きっとなれないだろう。ワーママとワーパパを同じ土俵に立たせたら、ワーママが圧倒的に勝利してしまって当然なのだ。

 

男女ともに働きながら家事も育児もこなす。男性はこれまで参加の度合いが少なかった! 女性ばかりに無理をさせてきた。よってもっと家事育児に参入すべし。指示待ちにならず、自分の頭で考えてこなせるようになるべし。

この流れ自体は理解できないこともないけれど、それにしても個人の能力を無視して最上位を目指せと追い立てられるのはそれはそれで大変なことだと思う。

これは、これまで最上位を目指せと言われてきた女性たちの報復みたいなものなんだろうか。

 

上を目指すということは、自分の能力のなさと向き合うことだ。女の人には毎月、精神的にも体力的にもほとんどの能力を失う時期がある。まだまだある男女差別的なものも相まって、無力さとはお友達だから打たれ強くなっているような気もする。

打たれた時に自分を守るため、味方を作るため、共感しあって心をすくい上げるためにコミュニケーション能力も鍛え上げられてきた。

 

でも、男の人は自分の能力のなさと向き合うとぺしゃんと潰れてしまうような気がする。「俺はできる!」「俺はすごい!」の自信過剰な状態で走り続けている時が一番調子がいいように見える。

 

まずは自分が、夫が「できない」ことをそれぞれ自認して、その部分に関して変なプライドを持たずに助けを求めること。

指示や教えを受けた時に「どうせできないよ」「ならお前がやれよ!」と逆ギレしたりせずに、「どうしたらできるようになるか?」を冷静に分析して考えること。

 

一度でできるようになると思わず、鍛錬を積もうという気持ちで向き合うこと。できないことは投げ出したくなるかもしれないけれど、投げ出せば待ち受けるのは「赤子の死」「妻との関係の死」「家族関係の死」である。

背水の陣に見えるこの険しい山を乗り越えた先には「死ぬまで頼りあえるチーム」「自分の確固たる居場所」が手に入る。

 

まとめ

 

「自分の確固たる居場所」があるというのは、人生において最も大切なことだと思う。家族という「生きる」ことに特化したチームにその居場所があることで、外でも戦う英気を養えると思う。

でも、その居場所を手に入れることは簡単ではない。でも、苦痛でもないはず。好きな人のことをずっと好きでいるために、考えて考えて、幸せと楽しいを手に入れられるようにしたい。