「あ、私ってこういうのだめなんだ。」と気付き、自分の心のままに生きようと決めた日の出来事です。
新卒の会社は1日12時間以上勤務
新卒で入社した会社で、私は朝から晩まで電話営業を行なっていました。出社時刻は8時半、退社時刻は早くて21時。それが営業マン時代の私の定時でした。
月末、数字が足りない時には22時からチームミーティングが行われましたし、私以外の先輩たちは「終電を気にしなくていい」家に住んで、金曜日は「よっしゃー! 今日は明日起きることを考えずに仕事ができる!」というような人たちでした。
会社が定める終業時刻は9:30〜18:30でしたが、その時間内には「営業電話」以外の業務に取り掛かることは許されず、資料作成やセミナー準備、営業日報の記入などは業務時間外に行うことが決まりでした。
給与にははじめから40時間の残業が含まれており、さらに追加で79時間の追加の残業時間が発生していたので、月の残業時間は120時間以上だったことになります。
……120時間以上、の正確な数字が分からないのは79時間以上の追加の残業を行うと産業医との面談が必要になってくるため、つけることができなかったからです。
就業環境はとんでもないものでしたが、私の所属していたチームの先輩も上司もとても仕事ができる上に指導も的確、優しい人たちだったので、営業自体はものすごく大変でしたがやってこれた部分がありました。
今思えば本当に優秀な人を採用している会社だったんだなぁと思います。
身を削る営業活動
営業先は大手企業から中小企業、個人事業主まで、とにかく商売をしている人なら誰でもターゲットでした。私の所属していたチームの担当地域は「リストが枯れてる」と言われている地域で、実際、営業は困難を極めました。
私は「寄り添い型営業」で親身に悩み相談に応じ、お客さんと仲良くなり、契約を取る、そんなタイプの営業マンでした。特徴的な声色、気弱でいい人そうな見た目を活用し、「この人の言うことなら信じても大丈夫そう」だと思わせることが得意でした。
本当に心の底からお勧めして営業ができているうちは良かったのですが、そのうち自分が売っている商品に疑問を抱くようになりました。売るべきではないお客さんにも売ってしまっているのではないか……? と。
他の営業マンは「売れて数字になればそれでいい」と言う考え方だったので、「売るべきではない? そんなこと営業マンが考えることじゃないよ。買うかどうかは自己責任でしょ。」と一蹴されることになりました。確かにそれも一理あります。営業マンがいくら勧めようが、買うか買わないかの判断はお客さんに任されているのですから。
でも、ありますよね?
「うたこさんがそこまで言うなら、買うよ!」
って言う瞬間が。
営業マン冥利に尽きる瞬間かもしれませんが、私にとっては責任の一旦を負わされる瞬間でもありました。気になるお客さんには、営業担当を外れてからもしばしば連絡を取ってしまうくらい、お節介かつ心配性な営業を行なっていたのです。
数字はどんどん厳しくなる
営業目標というのは、基本的に上がり続けるものです。環境要因、人的要因は全く加味されません。会社が定める「昨対+◯%」が全てです。
世の中では日々新しい会社が生まれては消えていきますが、その速度と「昨対+◯%」が合致していないことは明らかでした。
とはいえ、仕事なので営業はしなければなりません。数字を上げなければなりません。
飛び込み営業、地域セミナー、様々な切り口のセールストーク、新規のリスト作成、考えつくことは全てやりました。考えつくことを考え切った上に、できることは全てやったのです。新卒研修の時に「脳みそがねじ切れるまで考えてください」と指導されましたが、まさしくそのようなことをやったな、と思います。
それはそれは疲弊しました。それでも、数字は目標をギリギリ達成する程度。他チームがやっていることよりも、明らかに過酷な営業活動を行なっている。にも関わらず数字が上がらないのは何故なのか?
疑問に思った私は、他のチームの担当する営業地域と、自分のチームの担当する営業地域の違いについて分析してみることにしました。
担当地域は、苦労して当然な場所だった
いくつかの営業地域をピックアップし、営業リスト化している事業者数とその地域で新たに立てられる事業者数、そして既に契約を結んでいる事業者数を洗い出してみることにしました。
ものすごく簡易的な分析にはなりますが、
- それぞれの地域でどれくらい事業が生まれているのか→地域の営業将来性
- 営業リスト数→既に持っている資産
- 契約済みの事業者数→これまでの営業成果
- 事業者数に対する契約済み事業者の割合→他地域と比較しての営業の困難さ
この辺りが見えてくるだろうと思ったのです。
比較した結果、営業リストはもっとも少なく、事業者数に対する契約済み事業者の割合は全国トップ、他地域の約2倍もあることが分かりました。
全国平均から約2倍も、既に営業が完了しており、新たに立てられる事業者数は他地域に比べると平均以下。
私の出した結論は、「こりゃしんどくて当然」でした。
部長に訴えた
こんな環境下で営業目標を達成している私のチームは、他のチームと比べても当然高い評価を得るべきであろう。そして、こんなとんでもない環境であることを他チームにも理解してもらう必要がある。そう思った私はたまたま支社を訪問していた部長に、早速データを提示しました。
風通しは良いのがウリの会社だったので、部長は私の話を真剣に聞いてくれました。
「うたこの言うとおりだ。その現状については全くもって正しいと思うし、そんな中で成果を上げているこのチームは非常に優秀だと思う。入社1年でこうした分析ができることも素晴らしいことだ。」
よかった、理解してもらえた。そう思ったのですが、それだけでした。
そりゃそうなんだけどさ……
部長にも上司にも先輩にも、このとんでも環境についての説明を行なったのですが、みんな困ったように苦笑いするばかり。
「そりゃそうなんだけど、でも上が言うからにはやるしかないからさ。」
ふむ、それも確かに一理ある。私はトップの経営者の指示で人事が雇ったただの従業員であり、営業方針を定めるような立場の人間ではない。入社1年経っただけの新入社員だ。理不尽な要求であろうとも、従業員として給与を受け取る限りは命令に従うのが雇用契約上の定めなのだ。
それが社会、会社、組織ってものなのか……でも……なんかなぁ、と思いながらも、毎日働くのが大人というものなのだろうか。
賽の河原の石積みのよう!
辛かろうが、苦しかろうが、営業活動は毎日続く。
たとえ結果が伴わなくても、「やってる」という事実こそが一番大切。数字が出ない時にも上の人を説得するためには「こんなにやってるんですよ! こんなに電話して、こんなに訪問して、こんなにセミナーに呼んで、全員23時まで働いて、それでもダメなんだから無理っすよ!」と、限界をアピールするしか方法はない。
え、限界をアピールする方法ってそんな原始的な「物理的限界」しかないの? 私が作ったデータ、結構正確に現状を表してると思うんだけど……。
営業マンの活動時間が延々と増え続けるのは、できなかった時に「もっとできたんじゃないのか?!」と叱責されないための保険。私たちはそんな保険のために、長時間労働を行なっていました。
人間シャッフル
やってもやっても成果は変わらないことを一度やりきったあと、会社は人員配置を変更しました。上司や先輩が数名入れ替わり、私は新しくなっていくチームの中にいました。
営業あるある、人を変えればなんとかなるだろうの法則です。そこで新しくやってきた上司と面談を行なった私は、今、このチームがいかに苦しい状況に置かれているのか、これまでどのようなことをやってきたのかということを説明しました。
経験豊富な上司です。きっと、この行き詰まった状態を解決する方法を考えてくれることでしょう。
しかし……その上司は言いました。
「もっと電話する件数を増やして、訪問数も増やして、セミナー開催を増やしてみたらどうかな?」
私の中にこだまする、前上司の声
「こんなにやってるんですよ! こんなに電話して、こんなに訪問して、こんなにセミナーに呼んで、全員23時まで働いて、それでもダメなんだから無理っすよ!」
これを、もう一回? さらにパワーアップさせてやれと……?
親よりも先に死んだ子供は、賽の河原で延々と石を積まされると言います。完成すれば三途の川の向こう側へ渡れるのですが、完成間近になると鬼がやってきて積んだ石を破壊します。
そうして何度も何度も、壊されては積み、壊されては積み、傷だらけになりながら石を積むのです……。
それか。
営業ってやつは、それなのか。
困った顔のみんな
入社年次や役職など関係なく、人類は皆平等だと思っている私は、「それは全部やりましたよ。それ以外の解決策が必要だと思います。」「他チームとは環境も全く異なるんですから、そもそも営業活動のあり方自体変える必要があるんじゃないですか。」などと食ってかかりました。
いいですか、私は、絶対に出世しないタイプです。
上司は困った顔で言いました。
「うたこさんはなんていうか……ちょっと、頭が良すぎるんだね。」
この言葉にどれくらいの皮肉が込められていたのか、言葉では表現できません。ただ、上司の顔には「お手上げ」「もう、黙って営業してよ」という気持ちがくっきりと浮かび上がっていました。
面談のあと、心配した先輩たちも色々と話を聞いてくれましたが、強情な私を納得させることはできませんでした。
そうなんです、社会は不条理なんです。でも、ここはまだいい会社だと思います。頑張っていることが証明できれば、お給料も残業代もしっかりもらえるし、パワハラやセクハラなんてものもないし。それでも私には、自分の過ごす毎日と自分の気持ちの間に大きな隙間が空いたままでは、働くことはできませんでした。
組織というもの
組織は、たくさんの人で成り立っています。いろんな能力、いろんな性質の人がいますが、その足並みは揃っていなければなりません。
足並みをそろえて、経営者が指差す方向に歩いていく。それができる人の集合体なのです。
多少の不条理があっても、それを補える給与、福利厚生、社会的貢献度合い、そういうものがあれば人間はついていくことができます。
実際、多くの人はついていきます。
でも私にはできなかった。あの時感じた、周囲との大きなズレは私の中で大きな転機となりました。
もう、やりたいことしかしない
断層のように大きな亀裂の入ってしまった、日常と私の気持ち。ものすごく簡単にいうと、この後鬱になりました。やっと身動きが取れるようになるまで3ヶ月くらいかかったのですが、この間はほとんど記憶がありません。
私はもう、やりたいことしかしない。
私がやりたいと思わないことは、私の人生には必要ない。
私の人生を彩ることができるのは、私自身のみ。
「うたこさんはなんていうか……ちょっと、頭が良すぎるんだね。」
その言葉をポジティブに真に受けて、自分の道は自分の手で、自分の考えは自分の頭で、自分の生き方は自分自身で作り出していこう、そう決意したのでした。
終わりに
この記事は「わたしの転機」というお題に基づいて執筆しました。私が就職氷河期にせっかく入れた会社を2年ちょっとで辞めてしまった話は、私以外に誰も知りませんでした。本邦初公開です。
こういう記事書くのあんまり好きじゃないです。なぜなら反響がない時の虚しさが半端じゃないから。
それに、「バカの反乱」「若気の至り乙www」「社会不適合者なだけじゃん」「エモさを狙って寒いwww」とか書かれて荒れるのも辛いですもん。
その辺も分かってて書いてます。分かってますよー!
大人のような子供のような人間だからこそ、生きるのには大変苦労しています。自分の生きやすい道を探すこと、そしてそれを子供にも早いうちから伝えてあげたいな、と思います。